駄目太がゆく 第一話
嘗て、この地を治めてたという戦国大名が居る。人々を統率し、この地だけでなく、国全体をも支配する体制を作り上げ、長き戦乱の世に終止符を打ったと伝えられている。そんな人が、私の先祖。
それから幾星霜もの時が流れ、時は2000年を踏み、現代人は戦いから開放された平和な暮らしをしている。いや、戦いから目を遠ざけ、幻創の平和にしがみついて生きている。そんな時代に、私は生きている。
有名な戦国大名の後継ぎといえど、今はただの一般人。私には何の力もないし、何の取り柄もない。強いて言うなら、絵を描くことくらいかな。趣味で描いているだけだけど、割と評価されていて、ちょっぴりうれしい自分がいる。そんな自分の楽しみは、大好きなエコロを眺めながら知育菓子を貪ること。これが私の最近の楽しみであり、日課となりつつある。
なりつつある、なるはずだった。私はいつもどおり知育菓子の保管場所である冷蔵庫を漁り、知育菓子専用ゾーンを開いた。でも、そこに知育菓子がなかった。知育菓子は私の生命線で、私にとっては麻薬ともいえる、血液とも言えるものだった。エコロの次に重要なそれの供給が絶たれれば、私は自殺するしかない。いや、いま自殺しようとしたところだ。昨日の夜みた時はまだあったはずなのに、今現在此処にないということは、誰かが食べた、盗んだ、燃やした、自慰に使ったとしか思えない。とりあえず、リビングに居たお母さんにきいてみる。
「お母さん!私のお菓子食べた!?」
「食べてないわよ、子供じゃないんだから」
なんだって。私はもう中学3年生だぞ。子供扱いするな
お母さんでないなら、誰だろう。姉か。あいつは今出払っているから、あとで問いただそう。今はとにかく、一刻も早く私の知育菓子を手に入れることが先。私は行きつけのお店に向かった。
無事にブツを入手し、安堵しているのも束の間。私は、何か不審な気配に身を強張らせた。ここ、栃木では銃撃戦など日常茶飯事だし、不審者といえば通行人すら不審者に見える土地だ。だから、ちょっとやそっとじゃ私はこんなことにはならない。一体何なのだろうと少々疑問を残すが、私はそそくさと建物の間に逃げた。きっと長老辺りが何かしたんだろう、と、とりあえず適当に結論をつけておいた。
あ~あ~さひはのぼ~る~yeah!ビルの谷間ァ~!
といってもただの民家の隙間なのだが、ちょっと都会に憧れた私は、傍から見たらキチガイみたいなことをしていた。まあ、どうせこんな田舎じゃあ誰も見て・・・
「覚者よ・・・」
え?今誰かの声がした?私の奇行見られちゃった?
「覚者よ・・・」
また、さっきの気配。覚者?私のことを呼んでいる?いや、私はそんな名前ではないのだけれど、確かに私に向かって呼んでいるような、そんな気がしてならない。そして、何やら謎の気配というか、家の角から感じられる。
力に引き寄せられるように家の角を曲がると、荘厳な雰囲気の空間と、その中心に佇む大きな岩があった。こんな場所、あったかな・・・。
「覚者よ・・・」
また、声だ・・・。私を呼んでいる。確かに今この岩から感じた。どうしてだろうか、私はその岩に触れてみたくなった。一歩、一歩、その岩に近づく度にその感情は増幅し、そして岩から感じられる力も増大していった。岩に手を伸ばし、指先が触れた
刹那、突如として岩が大きな光を放ち、辺りは光りに包まれ、日常の戦闘で使われるフラッシュバンや閃光弾の光になれた私の目さえも欺き、私を現実の世界から隔離した。真っ白で、何も見えなくて、不安になってしまうこの感覚はどこか懐かしい。まだ私が幼いころ、戦闘訓練で突然使われたフラッシュバンに驚いた時と一緒だ。
目が慣れてきた。徐々に現実世界が見え始め、視界から得られる情報が増えていく。いや、増えすぎた。私は困惑している。先程まで目の前にあった岩は消え去り、見慣れた栃木の家々さえも消え、私は1人、木々に囲まれた森に立っていた。これは夢か、それとも幻覚か、私にはわからなかったが、周囲にあるものを触り、匂いを嗅ぎ、確固たる情報を取得すると、ここが完全に現実の世界であることを結論づけた。栃木県の森というと、那須平成の森辺りだろうか。随分と遠くまで来てしまったようだ・・・。
いや、おかしい。こんな木は栃木にはなかったはずだ。栃木の植生は丘陵帯のスダジイ林から高山帯の矮生低木群落まで幅広いものを特徴とするが、これは明らかに違うものだ。だとしたら私は今、栃木にさえいない?・・・困った。とりあえず、サバイバルの基本として、食べ物と、水・・・夜に備えて拠点を作らなければ。
とりあえずその辺に生えていた野苺をつかみとり、知育菓子の入ったビニール袋に入れる。知育菓子は保存が効くから、最終手段として残しておこう。
「他に食べられそうなものは・・・」
キノコがある、紫色だ。明らかに危険そうなものほど食べられる傾向にあるし、これも持って行こう。
「それ、食べると危ないよ」
一瞬で振り向き、戦闘態勢をとる。が、声の主は見当たらなかった。
「おお、こわいこわい。私、そんな悪い人じゃないよぉ~」
下から声がした。・・・下?
「やあ。私だ」
何か、うねうねしたタコみたいなものがうごめいている。
「ヒィッ!」
「なんだいその反応は。私、悪い人じゃないよぉ~?」
「だ、だってタコが・・・」
「タコとはなんだタコとは。私は触手だ。うねうねだぞ」
「触手って、そのままじゃん・・・」
「確かに。私の名前は触手だ。見た目も触手だ、触手と呼ぶが良い」
「えっと、触手・・・さん?」
「うむ。見たところ、この辺の人じゃないみたいだけどさ、どっから来たの?」
「と、栃木です」
「どこそれ?私知らないなぁ~」
「え?」
栃木を知らない?いや確かに栃木ってちょっと田舎かもしれないけど・・・知らないなんてことはあるかな?触手だから?
「ところでさ、何でキノコなんて採ってたの?」
「あ、ちょっと・・・食べ物が欲しくて」
「食べ物~?ちょっとまってなよ」
うねうねしながらどこかに行ったと思うと、またうねうねしながら戻ってきた。
「はい」
その手?に乗っていたのはねずみ色のクルミみたいなもの。
「クルミ?」
「そうそう。そこの石で割って食べなよ」
言われたとおり石で割ってみる
パァン!!!!
爆発した。
「ヒィッ!?なにこれ!?」
「アーーーッハッハッハッハ!!!アーーーッハッハッハッハ!!!無様!!」
「何渡してんの!?」
「それ、はじけクルミって言って、衝撃を与えると爆発すんのwwwアーーーッハッハッハッハ!!!」
うわ、最悪なタコに会ってしまった・・・と、あからさまに嫌な顔をしていると
「ごめんてごめんて、はい、こっちが食べられる方」
「本当に?」
「本当だよぉ~私が二度もいじわるすると思う?」
初対面でこんなことをする人を信じろというのか・・・?
「疑り深いなぁ~貸してみなよ」
パキッ
「はい」
うん、普通の実っぽい
「あ、ありがとうございます・・・」
「ところでさ~あなた、行く宛あるの?森で食べ物探して毒キノコ食べようとするなんて常人じゃないよ」
「ヒェッ、毒!?」
「あれ食べたら数時間で死んでたよ」
「ヒェェ・・・ありがとうございます」
「で、行く宛は?」
「あ、な、ないです・・・」
「ふーん。じゃあさ、私と街に行かない?」
「町?」
「そうそう、この森を抜けた先に街があるんだよね。私、この森飽きちゃってさ~いい加減出て行きたかったのよね」
「そうなんだ」
「だからさ、一緒に行こ?」
「いいですけど・・・」
「それじゃレッツラゴー!」
「あ、ちょっとまって!私の知育菓子が」
「その袋?何入ってるのさ」
「お菓子ですよお菓子」
「ちょっと食べさせてよ」
「いやだよ、私の生命線だよ?」
「1個くらいいいじゃん。私さっきあなたの命助けたんだよ?」
「う・・・」
反論に困った。しょうがなく1個だけ知育菓子を渡す。
「うぇ~なにこれ。へんなの」
「美味しいよ」
「モニュモニュ。ううん、これは美味。もう一個くれ」
「ダメ」
「なんだこのケチめ。私は触手だぞ」
「触手だからだよ」
自分でも分けの分からない理由をつけたが、触手は「ぐぬぬ・・・」と言って反論をやめた。彼の中で勝手に納得してくれてうれしい。
そんなこんなで私と触手は街に向かったのだったが・・・10mくらい歩いたところで後ろの触手が、自前の触手をぺちぺち鳴らしてこう言ってきた
「私、そんなにはやく歩けないんだけど」
じゃあどうしろというのだ。私はこの得体のしれない生物を脇に抱えて街に迎えというのか
「ちょっと失礼するよ」
うねうねっと私の身体に張り付いてきた。思わずヒィッ!っと声を出してしまった。触手は「なーにへんなことしないって」といって私の頭に上った。
「気持ち悪いんだけど」
「私は気持ちいいぞ」
こいつには何を言っても無駄な気がした。頭から滴る粘液を時折拭きながら、人生で一番嫌な顔をして街に向かった。
- 最終更新:2016-08-02 19:51:45