何かは真っ白な世界の中心に立ってた。いつからそこに居たのか。たった今、そこに現れたのか。もしくは、遥か昔から真っ白な空間の中心に佇んでいたのか。それは、その何かにしか分からない。ただ、確かなのは、この世界には、この何かしかいないということだ。
 何かは遥かな知恵と確かな万能な力を持っていた。つまるところ、この何かは、不可知な自然の力を持つ人知を超えた絶対的存在。或いは、人々の信仰の対象とされる目に見えぬ心の働き。つまるところ、神。
 宇宙の創造、歴史の管理。あらゆる超越的な力を持つ全知全能の絶対者。神は、真っ白な空間の中心で、ただただ、無気力に佇んでいた。
 神とは、信仰の対象である。信仰とは、神聖な存在を信ずる行為。信じる心。信仰対象である神は、つまりは、誰かに信じられなければ生きていけない。それは、生物にとっての食事、睡眠のようなものだ。彼らは、食事も睡眠も必要とせず、不老不死に等しい存在であると同様に、信仰されなければその力を行使できない。例えば、神が邪智暴虐の存在であったとしても、それが例えば娯楽対象であり、ある程度の認知度があれば、それは一時でも信じられれば、それは信仰となる。つまりは、生命が、力が宿るということだ。
 この神もた、遥か昔に、いつかの時代に、様々な生物に認知されていたのだろう。信仰されていたのだろう。だが、無気力に神は佇むことしかできない。その信仰は、もはや尽き果ててしまった。ただ、この真っ白な空間で、いつかそのわずかな信仰が途切れ、朽ち果てるのを待つばかり。
 神は絶望していた。人間が嘗て、自身に縋ったように、自身はもはや、人間の信仰心に縋ることしかできない。嘗て、万能に等しかったこの力も、今や、立っているのを維持する事だけで精一杯。人にも、雷にも、風にもなれた自身は今や、何かとしか形容が出来ない姿でしかない。ああ、哀れ。人々のたくさんの信仰心に胡坐をかき、受動的で、傲慢であった過去の自分を呪いたい。もし、過去の自分が沢山の栄光を見せ、人々に自分の素晴らしさを見せつけていたら、今や、朽ち果てることしかできない存在のようにはなって居なかっただろう。
 人間の遥か上をゆく存在であるはずの神は、そんな遥か下の人間便りの考えをしながら、ただただ、佇む。
 嘗て八百万の一柱であった極東の島の神は小さな神社の中の何もない摩訶不思議な空間で、ひたすらに絶望に浸る。森の奥の小さな神社。巫女も神主も何処にもおらず、ただ、小さな森の守り神を、かつて信仰していた廃墟と見紛う寂れたもの。ただ、その小さな、だけど確かな信仰の証であるそれが、神を存在させる唯一のものであった。
 工事の音が聞こえた。大きな機械を以て、森を突き進む人間の姿を、白い空間から覗かせる小さな穴を通して神は観察する。何時からか、人間は神々の神獣を彷彿とさせるほどの巨大な力を持つ機械を操るようになった。何時からか、人間は四季をも超えて食糧を可能な限り保つ技術を手に入れた。何時からか、人間は遥か遠くの人間とも話し合える力を持った。何時からか、人間は神の誕生日を自らの繁殖に利用するようになった。何時からか、人間は星を超えて宇宙に旅立つようになった。何時からか、人間は我々を忘れてしまった。
 遥か昔、小さく弱く、脆く、愚かだった人間は、今や我々の力と見紛う技術と知恵を身に着け、我々の生命線すら握っている。いやはや、どちらがどちらを遥かに超越しているのか、これじゃあ分からないな。ため息交じりに心の中でそう考えると、神は観察を続ける。
 森はじょじょに開拓され、彼らにとって住み心地の良い世界を創る為の資源、領域へと変換される。それはさながら錬金術。鉛を金に、金を鉛に変える魔法。今は時間を大幅に削ぐこの行為も、いつか、人間という生命体が滅びる間には効率良く、さながら地母神や自然を司る神の御業の如きものとなるだろう。そう考えると、人間という奴らは面白い、と神は思った。
 すると、工事現場の男の一人がパンパンと手を叩いた。肩にタオルをかけ、浅黒い肌、少し筋肉質な身体、剃る時間がなかったのか少し伸びた髭と、老けた顔が印象的な、所謂、現場監督に相当する男だろう。男は間をおいて、小さく願うように呟いた。
「神様、どうか。この工事が上手くいきますように」
 それは、確かに小さな言葉だった、だけど、それが神に力を与えた。たった一人の、小さな信仰。然し、それは神に僅かながら、大きな力を与えるのに十分だった。
 神は感嘆に震えた。それは、もはや信仰されないだろう自分に、誰でもない、誰宛でもない、然し、確かに届いた信仰。
 人々の成長に、繁殖に置いて行かれたはずの自分は、まだ、一時であっても必要とされるのだ。そして、その感嘆は、その力を、さっきまで絶望していた人々を護るのに振るうのには十分すぎるほどに感情を動かした。
「善いぞ、人の子よ。守ってやろう、護ってやろう。あらゆる災害から、振り撒かれる不幸から。貴方が私の力を必要としているのならば」
 届かないだろう、と考えながらも言わざるおえなかった。言いたかった。
 きっと神は、人間にとって都合の良い存在でしかない。だけど、神にとって人間とは自らの存在意義であるに等しい。だから、悲しくも儚い存在である彼らは、人々の為に、その力を振るうようになったのだ。神代のように、自分勝手気ままにではなく。自分達がどういった存在かを悟ったが故に、彼らは――。

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  • 最終更新:2016-04-16 17:15:02

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