剣と魔法と王道の英雄譚

 竜の炎によって燃え盛る村の中で、少年は腰をつけ火の粉と竜が空を舞い、白い甲冑の騎士が踊る様に剣と盾を振るう戦場を眺めていた。本当は逃げなければならない様な状況で、ただただ呆然と前方の戦いを少年は見詰める。拳を強く握り、白い騎士の勝利を手に汗握りながら祈っていた。
 剣と魔法の世界。知恵無き魔物が人間に駆逐されている中で、それでも生存する弱肉強食の強食に位置付けられる化け物な魔物の種が存在する。炎を吐き、空を飛び、屈強で強大な肉体を誇る竜――ドラゴンもその括りに入るだろう。人間でもある程度以上の訓練を積んだエリートに分類される兵士が数十人掛かって一匹をやっと倒せるレベルの怪物。そんなものに襲われれば、城下町から外れた森の側をひっそりと陣取る小さな街が壊滅するのは当たり前だったのだ。それぐらいは小さな少年にも理解できた。だって、一目見た時から怖気を感じ、直感的に自分よりも高位の存在だと理解できたのだから。だから、そんな竜に真っ向から挑んで、一人で互角にまで渡り合っている――この白い騎士は彼には勇者、英雄、御伽噺で在り得ないぐらいの活躍をする存在に見えた。
 暫くして、幾つもの炎と刃が交差する戦いの末に、竜は地に堕ち、白い騎士は剣を収めた。見惚れるぐらいに幻想的な光景だった。幾つもの死者を出した事変の結末に、不謹慎ながら少年は瞳を輝かせてしまった。少年は、その規格外の騎士に憧れを持ったのだ。
「大丈夫か?少年――」
 白くシンプルなデザインの兜を脱いで、英雄はその姿を見せた。褐色の肌に獅子の様な美しい金と赤の混ざった髪。そして、中世的だが男性と分かる顔立ちだった。
 英雄は少年に手を差し伸べ、すぐさまに少年はその手を握り立ち上がる。
「な……名前を、名前を教えていただけませんか」
「名前……ふむ、俺の名前は何ぞやと来たか。名乗るほどに武功も逸話も無いのだが……では、答えさせていただこう。俺はオリオン。しがない宮仕えの騎士だ」
 そういって、オリオンは爽やかな笑みを浮かべた後、少年に背中を向けて何処かに立ち去ろうとした。然し、それを少年は許さなかった。力強く、オリオンの手を掴んで、離そうとしなかった。去るのを引き留めたのだ。
「ふむ? その手を離してくれないかな。少年。あまり乱暴に引き離したくはないんだ」
「ルークです!」
 少年は自らの名前を叫ぶ。オリオンは唖然としたかのような、困惑した表情を浮かべた。
「少年……じゃないです! お、オレの! オレの名前はルーク! ルークです!」
 少年――ルークは憧れたヒーローに自分の名前を覚えてもらう為に、名前を名乗る。決して忘れて欲しくなかった。記憶の片隅にでも、自分の存在を知っていてほしかった。
「そうか……ルーク。それが君の名前か。ルーク君か」
 満足したのかルークは握っていた手を離し、一礼した。その様子を見て、オリオンはもう引き留められることは無いだろうと思い、安心した表情を浮かべた。
「そう、ルーク君。この村の生き残りは君だけだ。もうすぐ、王国騎士団の別働隊が来る。君を王国に連れていき、引き取ってくれるだろう人が居ればそちらに引き渡し。居なければ孤児院に送ってくれるだろう。さて、君が良い子に育ってくれる事を祈っておくよ」
 そう言って、オリオンは屈んでルークの頭を優しく叩き、少し撫でた後、帰路についた。
 火の粉が舞う焼けた村から去ってゆく英雄の姿を、ただただ呆然と眺めるルークは、心の中で彼の様な英雄になる事を固く誓う。先ほどまでの光景を全て、焼き付けるように、一時も忘れぬように脳に刻み付ける。

 ――それは、|少年が人生で初めて見た最初で最後の目標。焼けるような熱さと、空中を舞う悪しき竜と、怪物を討伐せんと剣を握った英雄の夢。




 早朝の城下町の小さな宿屋のカウンター。嘗て英雄に憧れた茶髪の少年――ルークは青年となり、眠たげな雰囲気で頭を抱えながら俯せになっていた。ふと、開店の準備をしていた女将が現れ、ルークの頭を叩いた。
「コラ! もうすぐ開店時間だよ! たくさんの冒険者がいらっしゃる! 怠けてないでアンタも準備を手伝いなさいな!」
 老年に差し掛かりながらも活気あふれる元気な女将はルークを引き取ってくれた恩人だ。冒険者相手に城下町で宿屋を運営して生計を立てている。まだ自立していないルークは仕事を手伝いながら女将とその旦那に患ってもらっていた。
「ハハ……まあ、良いじゃないか。ルークは遅くまで剣を振り、本を読んで魔術を学んでいる。冒険者になりたいんだろ?」
 呑気に声をあげながら、店主――女将の旦那が上の階から降りてきた。
「アタシぁ! 反対だよ! 子宝に恵まれなかったアタシ達の唯一の息子にそんな危険な仕事やらせるもんですか!」
「ははっ……まあ、まあ。落ち着いて。というか、そんな危険な仕事をしている人達にサービスするのが僕達の仕事だろう?」
 開店の準備も忘れてヒステリックに怒る女将を店主が宥める。女将の言い分も間違ってはいない。国外に出て、探検されていない土地を調べたり、魔物を狩ったりするのが主な冒険者の仕事だ。その性質上、不確定要素が多く、また、年々死者も増えている職種である。また、荒くれものが多く、最近は新参者が荒くれものに因縁を付けられ殺される事件も起きている。
 だが、そんな仕事でも――いや、そんな仕事だからこそ、ルークは騎士になりよりも自分が憧れたあの|英雄《オリオン》に近い事が出来ると考えている。自分も英雄になれると過信していた。だから、夜な夜な寝ずに訓練を積んでまでも冒険者になりたいのだ。
「女将、店主。あのさ……オレ、仕事が終わったら、その」
 言おうとは思ってても、中々に言い出せない。真面目に顔で女将と店主がルークを見詰めた。
「はあ……。わかりました。わかったともさぁ。仕事が終わったら話したい事があるんでしょう? 仕事が終わったら! ね! じーっくりと、聞かせていただきますよ!」
 そういって、女将は奔り回りながら開店の準備を再開させた。店主は優しく微笑みながら、ルークの方を向いて、さらに笑みを深めた。
「そういう事だ。何の話かはすーっかりと分からないけど、さあ。話を聞くのは後々! 怒られる前に準備を手伝っちゃおうか!」
 そう言って、店主は女将の方向へ走っていった。ルークも楽しそうに少しにやっと笑って声を漏らすと、仕事を手伝いに行った。
 暫くして、予定通り開店し平常通りにルークは仕事を熟していく。ルークは基本的にカウンターでの接客を任されている。その日、宿屋のカウンターに見慣れない魔法使いの様な装いの大きな尖り帽子を被った流れるような青い長髪の女の子が訪れた。見るからに高級そうなローブを身に着け、手で掴んでいる古ぼけた書物が印象的だ。
「あの……今日、一晩止まりたいので予約に来たんですけど」
「はい。わかりました。じゃあ、えっとじゃあ、料金の支払いは宿泊に来た時で大丈夫なので、お名前を教えていただけますか?」
 そう言って、ルークは羽ペンを構え、カウンターの紙に予約者の名前を書く準備を始めた。
「名前……私は――」
 少女は少し戸惑い、考えるような素振りをした後、自らの名前を名乗った。
「――エスメラルダです」




「あー! もー! お父様もお母様も駄目駄目駄目って! 分かってくれるのはババだけだよぉ!」
 長い青色の美しい髪の幻想的な少女は、輝くの青緑色の眼を細めて不貞腐れながら、ババと呼んだ恐ろしく長いローブを身に纏った、10にも達しない年齢の様な金髪のエルフ耳の少女に話しかけた。
「ヒィーッ……ヒッヒッヒッ。エーリカ様は王妃様に似て身麗しい容姿でございますが、その性格は大昔の勇ましく果敢な国王様にそっくりでございますなぁ~」
 鈴の様な美しい音色の声とは不釣り合いな間延びし、年をとった老婆の様な口調で語る少女はアンバランスで、しかし相応と思える不思議な雰囲気を有していた。
「もうぅ……私もたまには外に出て、本の中の人達みたいな大活躍をしたいのになあ。ねぇ、どう思う? ババ! 私、王宮の騎士に剣術もたーくさん教えてもらったし! ババにいーっぱいいーっぱい魔法も教えてもらったもの! きーっと大丈夫だよね! そこらへんの冒険者共に何か負けないもんねー!」
「イーヒッヒッ……。いやぁ、それはどうですかなあ?」
 ババと呼ばれる少女は悪戯で不適な、魔女的な笑みを浮かべながら八重歯を覗かせ、少女の問いかけに答えた。
「もう! ババも意地悪するの!? 私はもう立派に16だし! もう自立できるのよ!?」
「エーリカ様、貴女様がそう主張するのなら、貴女様はまだまだでございますなあ。イヒヒッ!」
 窘める様に口調で話した後、ババは悪戯に笑った。それは魔女的な雰囲気な彼女の癖なのかもしれない。
「どういう事よ!? この私――エーリカ=エリザベス・エメラルド姫がまだまだ子供で未熟だっていうの!? ババ!」
「言われている事は分かる。やはりエーリカ様は賢明で優れておりますなあ。イヒッ! 然し、このババ。マリーン・モルガンナに言わせればまだまだ子供でございますなあ。然し――然しでございますよぉ~? イヒヒヒヒッ!! イヒッ!ヒッヒッヒッ!」
 悪戯な笑みを深め、ババ――マリーン・モルガンナはまるで相手の反応を楽しむ子供の様な上擦った声で話を繋げる。
「智慧に優れた姫様ならば、試練の森を御存知でございますよねぇ?」
「えぇ! 勿論よ! 数百年前から確認はされど、未だ誰も奥地に到達していない、城下町の付近にある竜の住まう森よね! それがどうしたの?」
「その森の奥地に到達し、見事に竜を討伐せしめればお認めしましょう! イヒヒッ! このババ! 王国最古の魔女の名をかけて、見事に王様と王妃様に姫様が冒険者になる事を認めるように掛け合いますぞ!」
「ホント!?」
「えぇ! イヒヒッ! 勿論ですとも! 勿論ですとも! 然し、怖いならば、今ここで諦めて礼儀作法の講義の続きを――」
 マリーンが気付くと、部屋は既にもぬけのから。テーブルの上に置いておいたマリーンが外に出る時に身に着けるローブと尖り帽子、そしてさっきまで魔法の講義で使用していた、大量の魔法が記された魔導書が忽然と消えており、部屋に残っているのは高級なテーブルの上に置かれた茶菓子と飲み掛けの紅茶、そして魔法によって不老長寿を得た魔女だけであった。
「はぁ……。怖がらせて諦めさせる作戦は失敗どころか悪い方向に向いてしまったようですなぁ。さて、エーリカ様の事でございます。目敏く探知妨害の魔法をお使いになられたでしょうな。捜索は骨が折れそうでございますぞ。イヒッ! イヒヒ……」
 それから数時間後、城から抜け出たお転婆なエーリカ姫はエスメラルダを名乗り、冒険者の宿で宿泊の登録を済ませていた。
 目の前は燃えるような赤い色の、勇敢な印象を持たせる瞳をした茶髪の同年代ぐらいの青年。たどたどしく接客を熟す青年は、その態度から真面目で勤勉な性格が伺えた。
「さて、えーと。エスメラルダさん、一応、登録は終わりましたよ」
「あ……はい。ありがとうございます」
「おう! ルークの坊ちゃん! お嬢ちゃんの登録は終わったか~? 次は俺のを頼むぜ!」
 突如、後ろから大声が響き、思わずエーリカは後ろを向く。そこには長身で屈強な、まさに野蛮という印象を持たせる巨漢が居た。ルークは困ったような表情で苦笑いしていた。
「ハッハッハ! 嬢ちゃん、何処に向かうんだい!? まだまだ未熟だろぉ。まさか、試練の森だなんて言わねえよな! ハッハッハ! せいぜい、城下町近くの平原にしときなよ! そんでもって、初日は戦果が無くても早く戻って早く寝ちまいなァ!」
 大笑いしながら、遠回しに無理はするなと通告をする巨漢。然し、エーリカ姫はその言葉を挑発としか捉えられなかった。
「その、試練の森に行くつもりですが――馬鹿にしないでくださいよ! オッサン!」
 そう言って、乱暴にカウンター近くの入り口から出ると、エーリカ暇は軽やかに駆け出していった。
 相変わらず、ルークは苦笑いを浮かべたまま。巨漢は少量の汗をかきながら、困惑した表情を浮かべていた。
「おい、坊ちゃん。俺ぁ、何か間違ったか?」
「何もかも、間違えましたね。俺ぐらいの年齢のガキっつーのは、そういう忠告を挑発としか受け取れないもんですよ」
 そういうもんか、とぽつりと呟くと巨漢は頭を少しかき、背負っていた大きい袋から鎧を取り出そうとした。
「試練の森――か。お客様、俺が様子を見に行きます。未だ森の中には入ってないでしょう、すぐ引き留めて、連れて戻ってきますよ」
「そうか? 悪いねェ……。そうだ、坊ちゃん、俺の剣を持って行きな! 様子っみっつっても危険な目に会う可能性がある! 遠慮せずに持ってけよ!」
 そういって、袋から取り出した鞘に納めた剣を巨漢はルークに手渡した。
「じゃあ、ちょっと女の子を連れ戻してきます!」
 そういって、剣の鞘を握りながら、ルークは宿屋を駆け出た。
 宿屋の女将と店主は、それをやれやれ、といった雰囲気で、そして嬉しそうに見送った。それを見て、巨漢の冒険者は嬉しそうに、そして豪快に笑いあげる。
「いやあ! オタクの坊ちゃん、カッコ良く育っちまったねえ!」
 自慢の息子だからねー―と、店主と女将は口を揃えて答えるのであった。





  • 最終更新:2016-07-12 19:52:24

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